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実録! toc blanc様の
ママとお嬢ちゃまの、パリ+地中海大紀行 5
            
updated on 30 Oct.2002
編集さぽーた: Special Thanks to okayan sama!
toc blanc様(2002年7月下旬)
 

 
1
20時 成田〜台北〜  エヴァー航空 機内
2
7:50 パリ着
ルーヴル、オペラ座付近散策
パリ
FIAP泊
3
ブローニュの森の遊園地
午後 マルモッタン美術館
4
フォーラム・デ・アール、サン・ルイ
ヴィトン、サンジェルマン教会など。
5
オルリー空港〜ニース〜バスにてジェノバへ ジェノバ
ホテルガレス泊
6
サンタマルゲリータリグレへ移動、ポルトフィーノ散策 サンタマルゲリータリグレ
ホテルJolanda泊
7
世界遺産チンクエテッレの一つ、vernazza観光 サンタマルゲリータリグレ
ホテルFasce泊
8
ポルトフィーノ散策、ホテルFasce
9
早朝ジェノバ経由ニースへ。午後ニース散策 ニース
Starホテル泊
10火 villfrance-sur-merにて海水浴、ボーリュー
11水 サレヤ広場、ニースでのお買い物デー
12木 ホテル移動、ホテルのプール、Floで夕食 ニース
laPerouse泊
13金 ボザール、プティトラン、夜空路パリへ、 Novotelシャルルドゴール泊
14土 午前パリ発 機中泊
15日 早朝台北着発、乗り継ぎ、午後成田着  
    
 
13日目 チェックアウト
 
ラペルーズの朝は、騒がしかった。部屋のドアと最上階へのエレベータドアが近いせいなのか、あるいは従業員の方々が勤労なのか? とにかくドア開閉のバターンという音はいただけない。

子供はこの日もホテルのプールに入りたそうだったが、後始末が大変、まして荷物は12時のチェックアウト後は、あのバゲージルーム送りになるわけだし。雲行きもあやしかった。

ホテルを出ると、足は自然サレヤ方面へ。お花やさん、魚やさんを見ていると、ぽつぽつと雨が落ちてきた。

ル・パン・コティディアンに入った。着席するやみるみる大降りになり、雨宿りも兼ねやってくるお客さんは、満席近くなった店内をながめ、立ち往生、店の入り口大混雑。

ちょうど雨降ってる間中お店にいたので、子どもが「運が良かったね」と言う。今日は美術館めぐりかな。

つらつら歩いていると、ホテルメリディアンにでた。ここのコンシェルジェに、自分のノートに予め書いておいたボザール「Musse des Beaux-Arts Jules Cheret」とシャガールのフランス語表記を見せ、どちらがおすすめ?と聞くとボザールという返事。

多くのシャガール、マティスファンには叱られそうだけど、ボザールに行くことにした。最寄のバス乗り場を聞いてバス停 Albert 1er へ。
 
 

 

バスでボザールへ
 
 

バス停にいた女性に「セ・コンビアン?」と聞く。
私の手にしていた小銭を、これとこれと指さし、さらに何か言っている、なんとなくお釣りのことらしい。

お礼を言って、バスを待つ。背後にあった路線図を見て、美術館最寄のバス停をさがしメモに書いた。料金もかいてあり、なるほど。「1.5ユーロだして 0.2おつりもらいなさい ってコトだったのね」、と納得。

運転手さんにお金を払い 「Grosso(バス停)、ボザール スィル・ヴ・プレ」と言うと、うなづいてくれた。

そろそろかな、と思っていたら、一番前に座っていた男の子が、次だよ、と。降りたら右へ曲がるんだよ、とも。うれしくなって「めるし、けらじゅ・あべぶ?(いくつ?)」と聞けば11歳って。

運転手さんもこのやりとりを見ていたようで、着くや前のドアから降ろさせてもらった、メルシ、おぼあ。

旅の間、必ずや子どもが何歳か聞かれるだろうことを想定して覚えて行った、何歳ですか?を使ってしまった。

ニースは観光で稼いでいるわけで、恐らく、直接それに係わる人はかなり潤い勢い観光客慣れし、銭高い気がしていた。ここにきて、ほんのちょっとのコトにうれしくなってしまった。

旅の終盤、子どもに向かって、どこに行っても、いい人もいるし、そうでない人もいるのよね、と何度となく言うようになっていた。

たどり着いた美術館にはオルセーから譲り受けた収蔵品もあったけれど、あまりの館内の暑さに、保存は大丈夫なのか心配になった。お庭の側から、美術館の建物をながめるのが良かった。

ラテン語だろうか、外壁の最上部にartのような文字が見えた。

 

タクシーバトル
 
バスで、アルベール・プルミエール停にもどり、プティトラン乗り場へ。暑かった。

午前中は雨や曇り空でプールをあきらめたというのに、こんな時間から晴れてくるとは。

お城の上までプティトランは上がってくれます。
 
一般の車は入れないよう設置してある車止めも、トランの運転手さんのリモコン操作で引っ込むようになっていました。停車、25分休みですと聞いたが、座ったままの人もいるし、ヘンだと思っていたら今乗ってきたトランは行ってしまった。

階段をうろうろしているうちに子どもが転び、ひざに裂傷。持っていたミネラル水で洗って、止血。絆創膏も必要な時に限って、持ってきてない。ティッシュをあてがい、ハンカチで押さえて結んだ。

たしか、ホテルはこの城のふもと。次に来るトランでメリディアン付近まで戻っても仕方ないし、ここから徒歩で下山することにした。

ふもとへ降りる階段をみつけ、ホテルへもどる。手洗い、荷物を受け取り、タクシーを頼んだ。ベルマンの合図で外に出ると、脇から女の人が出てきて、モナコへとタクシー運転手に言っている。

トランクに私の荷物を入れているベルマンに向かって、運転手が私の行き先を聞き、それなら一緒に乗れという。

私、ベルマンに「支払いはどうなるの?」。
 
女が「空港まではあなたが払って、あとは私よ」、「え?絶対いやだ」、もめたら最後、言葉のわからない私は絶対不利だ、と直感。

ひとこと「never」とはっきり言ってベルマンに「pick up my luggage」と。運転手が「なかなか次は来ないぞ」みたいなこと言ってる。

こちらはニースへの飛行機には数時間も余裕があったし、こんな運転手のタクシーなんか乗りたくない。戻ってきた私たちを見たレセプショニスト嬢、ベル君と会話している。

聞き耳をたてていると、彼女、「次のタクシー手配ではキッチリ、ジャポネの親子だ」、と云ってくれてたみたい。トラブル多いって聞いてたけど、これほどとは。

次に来たタクシーの運転手には、ベル君、25か30で行ってやってくれ、と頼んでいた様子、一応0.5ユーロもベル君にあげたお人よしの私。空港着。

結局このタクシーも言い値で30ユーロ。どっと疲れました。

 

パリへ
 

後は、チェックインの時間がくるのを待つばかり。ここで消毒綿や絆創膏を大きなバッグから出して、子のひざを手当てしたり、ファストフードの夕食をとったりして時間を過ごす。

やっと搭乗案内のアナウンス。こっちの方が空いてるワ、と隣の列に移動。搭乗券を機械にとおし、半券が出てくるはずがジャム、手動で取り出した係の女性が、あなたはあちら、と指さす。

え? なんとお隣はオルリー空港行きの搭乗口であったひえーーー頭上をよく見ればホントだ、こりゃオルリーって書いてあるワ、ちょっと震え上がった一瞬でした。

夜、10:30ドゴール着、ありゃ荷物のターンテーブルは24番とのアナウンスだけど、デュッセルドルフからという表示のまま、ニースからになおってない、皆さんきょろきょろ。

さて最後の宿ノボテルへ。出発フロアから5番の空港巡回バスに乗る。ロワシーポール到着。到着日の予習が効を奏し、迷うことなくフロントへ。

ああ、ここまで無事戻ってきました。明日はゆっくり朝食いただきましょう。

 

14日め
 

朝食ブッフェ。久々にみるホットケーキ、スクランブル卵、子どもも好きなフルーツカクテルやハムなど。ゆっくり時間をとりました。

部屋を開けようと、あらカードキーホルダーに入っているはずの鍵、ないわ、たしかにレストランに入る際、係の人に部屋番号見せたし、おかしい、今来た道を引き返し、さっきまで食事していたテーブルにまで戻るが、ない。

仕方がない、ホルダーを見せ、名を名乗って再発行してもらった。最後の最後になんてこったい。

チェックアウトの時、ターミナル1への行き方を聞くと、直接のシャトルバスがあるそうで。

9:30頃ターミナルへ。係官はパスポートの表紙を見るだけで、はい、さよなら。せっかくなので思い切って、スタンププリーズと言うと、ポンと押してくれました。

空港の免税店でバッグを買おうと思うが、例によってたったひとりの店員さんが前のお客さんにかかりっきり。相手にしてもらうにはまだまだ時間がかかりそう、断念。

定刻11:20より、かなり遅れて離陸。すぐにお昼ごはん、果物がおいしかった、ケーキはレモンタルト。映画を2、3本上映中、朝の7時くらいにあたる時間に軽食のバゲットサンドが配られた。

3食めは朝食とのことで Westernか Chineseの選択なので、後者を選んだらおかゆでした。コーンがはいってます。塩味がややきついけどこれは胃にもやさしくありがたかった。子どもは寝ていたのでパス。

あと2、3時間というあたりになって「お腹が痛い」と言い出し、心配になる。トイレでもないし、やはり長旅と長時間のフライトはきついのかな。 

 

15日め 台北経由、成田へ
 
午前7:05台北タイペイ(台湾)着。十数時間もの間、私の隣、小柄な女性(英語は話さない)は全くトイレへ行かなかった。

以前、ソウルからのKLM便でやはりアムステルダムまで全く席を立たなかった男性がいました。人ごとながら旧名エコノミー症候群を心配してしまった。

降りる段になって「Taipei ?」と私がたずねると 「Vietnam」と。そうか、「だから ぱるれふぉんせ、なのね」と私がうなづきながら一人つぶやくと 「Francaise?」と聞かれるも「めるし、ぼんじゅー、おぼあだけなんです」、と言ってしまう自分が情けない。

乗り継ぎカウンターへ行き、成田行きの搭乗券を受け取る。買いそびれたバッグを台北の免税店で物色、さすがアジアの空港内、店員さんたっくさん。

日本語でも大丈夫なので、予算を言って一緒に探してもらう。なかなかいいものが手に入りました。

9:00台北発の機内は、パッケージツアーのお客さんでかなりの混雑。欧州線と違い、座席配列が2-4-2なのはいいけど、赤ちゃんがむずがっているし、少し落ち着いてから最後部へ歩いていくと空きがある。移動させてもらう。

窓側2席占有して、子どもはひたすら寝ていた。後ろが誰もいないし、気兼ねない。

さてこの旅最後の機内食、メインよりは久しぶりのおそばがうれしかった。

午後1時すぎ、ようやく成田に帰り着きました。やはり経由便は長い、疲れる。
次回からは直行便にしたいと痛感。

でもな、夏のこの時期に税金別で105,000円は捨てがたかった。
そして日本の仕事ぶり、速くて正確なのを荷物のターンテーブルに見て、ドゴール空港とは大違いだね、と子どもとうなづきあい旅は終わりました。
 
 
 

 

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