管理人 Chun3の
ムコ殿とハハ殿をつれて 2004
パリ+ブルターニュ 海と貝殻とフリットの旅
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ずいぶん長くなってしまったが、サンジェルマンの空気がつたわったらいいなぁとおもいます。
写真は 3台のカメラで撮影。Photo by chun3 & kumagoro
| 1日目 夕刻 | |
| タクシーはドゴール空港からB料金時間帯で、6区サン・シュルピス広場まで 45euroだった。
昔、人から教えてもらったとおり、外で払うことにしている。50euroわたして、おつりが出てくるのを にっこりしながら、じぃ〜〜〜っとまち、オーラに負けたドライバーがごそごそと出した小銭から、運転手の手に、めるすぃ むっすぃゆ、と ぽとんと5euro玉を落とした。とたんにドライバーの顔が明るくなった。 (母によると、私は 「えさをくれるまで、がんとして餌場から動かない、”ちゅんちゅん”(実家ネコ)のようだった」 そうだ。) 本当なら3人で3euroぐらいだから、すこし多いけど、いつもの時刻にしては30分でうまく運転してくれた。車内も比較的きれいであったから、納得してはらった。 最初はチップの習慣にとまどっけれど、いまは、とてもやりやすいと思う。よかったら多くして、わるかったら減らすことができるから。 だまっていても給料をもらっている私たちと違い、チップなどが収入の一翼をなすであろう人たち。彼らにとって、チップはどんな重みなんだろう、と考えさせられた。
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| Hotel Atlantis Saint-Germain-des-Pres | |
ほっそりした小柄な40代ぐらいの女性が、名前を呼んでくれ、無事チェックインする。 神経質そうで、がまんづよそうな女性は、フランスにしては珍しく、先に口火をきって、頼んでいたことを逐一確認しはじめた。テキパキと打ち合わせをする。レストランの予約のこと、外出のこと、館内撮影のこと、オーナーへのインタビューのこと。 英語と仏語ちゃんぽんの私に、あまり流暢ではないもののがんばって英語もまじえて丁寧に説明をしてくれる。 うちの”ツアー参加2名”は、なけなしのレセプションにあった椅子で、ちんまりと待つ。こじんまりながらも、清潔感があり、不安感は感じないホテルなので、きょろきょろとしつつ、すこし安堵した顔をしている。母いわく、「旅館はフロントまわりで、店はレジまわりで、”わかる”」という。今回はすっきりと整理され、よけいなものはしまわれ、掃除もいきとどき、家具の動線配置もよく、「合格」したようだ。 いつも、母のすきなオデオン〜サン・シュルピス教会付近にきめているが、今回は取材メインでこのホテルにした。場所もわかりやすいし、付近も華やかなブティックで、至極よろしい。
場所は6区サンシュルピス広場の角っこすぐ。何度も泊まっているエリアなので、帰ってきたような心持がして、うれしい。けれども、パリは店の競争がはげしいので、かわっている店がいくつもあった。個人店が消え、チェーン、支店の出店が増えているのも気になった。 こぎれいな町なみで、われらがハムテル氏も気に入ったようだ。女性むけのウィンドーが多いなか、あきもせず、きれいやねぇ〜と
眺めている。
我々は通りにむいたデラックス室、母は内庭むきのダブルを使う。母はこじんまりとした白基調のダブル(とくに引き戸のバスルームとの構造)がいたく気に入ったようだ。
ホテルについて報告は Atlantis
Saint-Germain-des-Pres に
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| 真夏の宵 | |
| 学生のころは 2、3月 カーニバルの頃がすきだった。ピンとはった冷たい空気の街にでて、静かな冷えた石畳をカツカツいわせるのがすきだった。はぁっと吐く息が白くて、冷涼な空気で気がぴんと引きしまった。静かな寒いなかにたたずむ、どっしりとした石の建物が、迫力があって好きだった。
つとめるようになってからは9月を常としてきたが、紅葉がはじまりつつも夏の余韻もあり、いい季節だった。 今は6月下旬〜7月初旬のきらきらとした季節に魅入られている。6月下旬は夏至があり、日没が22時ぐらい、とっぷりと暮れるのは23時ぐらいになる。観光客が活動できる時間は冬の3倍ほどもあり、大変素敵だ。朝寝坊しても、昼ねしたって、まだ宵になにかできる。ぎりぎり7泊9日以下になってしまった今は とてもありがたい。 7月の平均日照は1日8時間、1月はたった2時間という統計がある。なんといっても冬は4ヶ月で100時間しかないという。6〜9月に町村でいろいろなイベントを行い、昼も宵もたのしみ、肌をやく理由がわかったような気がする。 ソルドもある。品物もまだ当然多い。いまから使えるカラフルな夏ものが街じゅうのウィンドーをかざる。 もし3泊ぐらいしかパリにいけない、、という人がいたら、ぜひ6月下旬をすすめたい。 街は、夏にむけて活気がでる。バカンスの前なら都会でも催しが多く、田舎、リゾート地では7から8月はことさら催しが多い。 気候もほどよく、服や荷物もさほどお供しない。(23度〜13度ぐらい) 航空券も5月GW直後を底値として7月中旬までは安い。 なにより、パリも田舎も夏のまぶしい日差し、きらきらと輝く緑の街路樹、そして花壇も野も一面に花が咲く。空も緑も、絵の具でみたような明るい色。 きらきら、というのか、なにか(関西でいうと)5月下旬のような、活力と生命に満ちみちた空気をかんじる。 「一度初夏のパリを味わうと、もぅ冬にはいけない」 と言ったのは、誰だったか。うまいこというもんだ。
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そんな宵の19時をまわったころだから、初パリのハムテル氏は部屋から窓の外をみて落ち着かない。私も幸い、時差調整の結果、まだ元気なことだし、男衆のいることだから、さて、腰をあげようか。
夏至なので、日没は22時ごろ暗くなるのは23時ごろ。まだ18:30なので、時間はある。
紺の軽いおしゃれな街着にきがえ、帽子と靴をかえた。 うちのシェルパがリュックに 水と地図を入れてくれる。男性連れって、やっぱ 楽? 三度おもう。 軽装なので、おもいついて、祖母と母の時代の、白いビーズの小さい手提げ(本当は着物用なのだが) をひっぱりだした。このバッグも、まさかエッフェル塔のある国を歩くとはおもっていなかったろう。コンパクトな名刺サイズカメラと、お札を何枚か、小さいメモだけいれた。 念のため、ハンドルに手をとおして、本体を小脇にかかえた。 夏の宵を、パリで散歩、とは贅沢なものだ。 そういえば、『真夏の夜の夢』も、舞台は夏至の夜。まだ日は明るいけれど、とても気分がよく、気分はパックだ。 |
| サンジェルマン祭り | |
ホテルのあるヴィユー・コロヴィエール通りはそのままサン・シュルピス広場につながる。 バスもぶっとばすけっこう便利な通り。向かいは ミキハウスやエルヴェ、横の通りは エルメやエスプリ、イヴ・サン・ローラン。
広場には堂々とサン・シュルピス教会がそびえる。
今回は、パリ滞在がきわめて短い(3泊)ので、サンジェルマン祭り FOIRE SAINT-GERMAINにあてて調整した。 毎年6月に、このサンシュルピス付近の店や画廊は特別なイベントをくみ、アーティストや音楽の演奏、マーケットなどが開かれる。 ついでに あさって夏至(2004/6/21)はフランスの音楽の日にもあたり、このときは 無許可の人も路上で演奏できるとあって、フランスじゅうの町や村でさまざまなイベントが夜を徹しておこなわれる。こういうどの街でも楽しめる国家的?風習・イベントがあるのにはおどろいたものだ。
さて、広いサン・シュルピス広場には、一面にワインの屋台や骨董をうるテントがたちならんでいる。噴水までうまく真中にとりこまれている。緑のテントと街路樹で、なんだか森みたいだ。 ステージや音楽の用意をしている。別のカフェの前では、演奏している人もいる。 仕事がえりや散歩ちゅうのパリの人たちが、ごく自然に骨董をながめ、手にとって検分している。 骨董市にいく時間がにないので、大変助かった。
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もっとも日のながい、6月下旬夏至のころ。夜20時のサン・シュルピス広場。
・・・昼ですな。 |
| 広場を味わう | |
すきな骨董やらガラクタやらみてまわる。 鏡、額縁、古いあるメーカーの掛け時計、古い木箱がほしかったが、ちょうどいいものがみあたらなかった。でも見ているだけで楽しい。 豪華なガラスのランプが並ぶ横には、錆びたヤカンがある。ナイフの柄が空き箱に20本ほど無造作になげいれられている。こんなもの売れるのだろうか。でも、振り向くと、それを丁寧によっている女性もいる。彼女はこれをどこで使うのだろうか。
「ものには、人様の手を経た分、命がやどる、粗末にしてはいけない」と恩師や祖母、親は口すっぱく言っていた。 これらのガラクタや骨董が、また別の主人をみつけて、引き取られて愛されたらいいなぁ。 ものを作り、使い、また新しい製品を買うことで発展してきた日本だけれど、ものひとつひとつをいとおしむことも忘れてはならないと思う。
こうやって悠然と存在する古いものに囲まれると、自分はひよっこな気分だ。空気に溶け、自分も、この縦の時間軸の一時期に在るものであり、この箪笥やらふるいナイフの柄やらは、はるかに昔から、そして今後自分よりも長く生きていくものなのだなぁ、などと妙なことも思えてきた。 分子なのか原子なのか、突き詰めると「自分」は何でできているのか、よくわからないが、組成の違い、置かれた場所が違うだけで、この古い皿も、古いナイフも、古い箪笥も、自分も、同じ「もの」なのだ、と、なんとなく感じた。
文才もないので、うまく言い表せないのだけれど、この夏の宵のそぞろ歩きは、妙に楽しかった。
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幸いこの市は比較的テントも多く、質もいいものがそろっていた。ねらったものは買えなかったがとても楽しい思い出となった。
広場は、おもしろいものだ。あるときは、人が血気にはやって声をあげ、あるときは、催しがおこなわれ、あるときは野菜やこうした市がたち、市民がよってくる。
仮設ステージから流れてくる音楽に耳を傾ける人、スタッフと挨拶をかわす人、ガラクタといわれる古物をたのしそうにながめている人。パンをかった帰りによる人、仕事がえりの人、わざわざ出かけてきた老人・・
日本の交差点とはちがう、[広場」というもの・・・パチパチと写真をとって歴史をとなえ、うんちくにうなずくのも立派な観光であるのだが、こうして、「今、使われている様」を見ると、広場の果たす役割が、一目瞭然であった。
いまの都会、駅前や駅ビル、建物で腰掛けるところをつくると、人がなんとなく集うという。ほかに集まる場がないからか。溜まり場になるのを恐れる施主などは、座れないよう、落ち着かないような構造にするのだという。
わたしたちの都会の生活には、整備した公園でも、おしゃれに作り上げたショッピングセンターでもきれいな作りこんだ立ち入り禁止の花壇でも、つくった遊歩道でもなく、こういう まず座る、まず集う、何もないけど、何をしてもいいスペースというものがあってくれたら、いい。小さいころ、なにもない原っぱが、ただただ、楽しかったように。
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JALCITYGUIDEより
サンジェルマン付近の地図 ↓ を参考にすると ルートがわかります。
http://jalcityguide.com/world/paris/citymap08.pdf
| ミッション1・レモンタルト作戦 | |
| そのまま、ぶらぶらと教会横をぬける。このあたりも おしゃれな店がたくさんある。
おしゃれなサンジェルマン界隈で、ことさら相方も男性とはいえ、ウィンドーひとつひとつに目をみはっている。 |
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ちなみにこれらのウィンドー写真は
ハムテル氏(kumagoro氏)がしらないうちに撮影していたものである。 服飾・ファッションなんて興味のない人なのに。 あとで見てびっくり。それほど男性からみても、パリのウィンドーは魅力的だったようだ。 |
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サンシュルピス教会を右手にみながら、 ジュラール・ミュロのあるオデオン方面にむかう。 マルシェ・サンジェルマンをかすめながら ミュロへ。 閉店の20分ほど前で、思ったよりすいていた。宝石のようなケーキが並ぶパティスリーに、甘いもん大好きのハムテル氏は目がまじになっている。はなっから ノックアウトされているようだ。 男性店員がボクもすきだよ、コレいいよ、というので、レモンタルトを含めてケーキ3つと、パン(8.85euro)。 さっと品を言い、レジで払った証拠のレシートをもらって、売り場に戻ると、店員がさっと品物を渡してくれた。あいさつをして退去する。
・・・どうやら 「パリっていいところだね・また行ってもいいよ作戦」のミッション1は、成功したらしい。
トゥルノン通りがセーヌ通りと名をかえるあたりを北へ。サンジェルマン通りに出た。けっこう大きな通りなのに、一方通行なので、あれっという顔をしていた。車を運転する人は、こういうことに、気づくのだな・・・
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| ミッション2 ムール貝でレストラン入門作戦 | |
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サンジェルマン大通にて。20:30すぎ。
サンジェルマン大通にでて、すこし西に戻る。 ハムテル氏は、大通りの店や乗り物など、なにもかもが珍しくうつるらしく、3歩すすんでは撮る。なんのへんてつもない(失礼)交差点や人物、風物など、とにかく写真をたくさん撮っている。(これは後日ふらつーHP作成上、大変助かることになる) でも、なぜか何度もつれてきている母も、一緒にうるうる感激しながら撮っている。 夏の宵はながい。ゆっくりぶらぶら歩く。
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途中 ブール通りがサンジェルマン大通に斜めにつっこんでくるあたりで、緑のほろがみえた。ベルギー系チェーンの Leon サンジェルマン店があった。 わかりやすい貝の看板に足が止まった。
入ってみますか? 初日の夜は、判断がにぶったり、時差ぼけが来るから店にいかないで、部屋でおやつを食べて終わりが原則なのだけれど、(翌朝おなかをすかせるためもある)3人だし、しっているエリアだし、男性もいる。 このままだと、
ファミレスのようなメニューだから、いきなりビストロに連れ込むよりは、 初心者にストレスが少ないだろう。けっこうすぐ出てくるし。 母はとみると、あなた、もう半分店に足をつっこんでいるじゃないですか。ブリュッセルのムール貝を経験しているので、異存のあるはずがない。
店は 土曜の夜というせいもあってか、満席でにぎわっていた。が、店内が広いため、やすやすと席を確保できた。 まわりも気楽なカップルや家族連れでたのしそうだ。
写真いりメニューからさくさくと注文。単品とセットとまぜた。レシートをみると 合計3名で 45.80euro とある。 チェーン店だから、「ブリュッセルのよりすごくおいしい!というわけではないが、それでも日本に比べたら雲泥よね」母もハムテルもいたく気に入ったようだ。
旅の途中も帰国後も、ムール貝を探しつづけるハムテル氏の姿をみると、ミッション2の成功を乾杯しよう。
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Vieu Colombier通り。23時ごろ。
この日の日没は 21:57。完全に暗くなったのは 22:30すぎ。にぎわっていた通りもひそやかになった。
しばらく、窓からみえる通りの風景を楽しむ。
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このあたりは夜もシャッターを閉めないか、粗い網みたいなシャッターがほとんど。 (注・エリアによってはシャッターがある) ブティックは自慢もあってか、夜も薄明るくウィンドーを照らしてくれている。夜じゅうずっと通りが明るく、夜中や明け方におきてもよく見えた。閉店後にもウィンドーをじっくりみている通勤客をよくみかけた。 ウィンドーは一番の広告であり、店主の自信作であり、店のコンセプトや力量を伝える場だという。ウィンドーをみて、買うものにあたりをつけてから店に入る、という習慣も、ディスプレーの技あってのことだろう。少なくとも日本では、半数以上の店で、ディスプレーは脇におしやられ、まだまだで店を推し量ることは難しいし、足をとめて見入ってしまうところは多くはない。
そうそう、忘れていたので、ミュロでかったタルトをほおばる。 ほんわかとしたさわやかな味が口に広がり、(それでも甘いが・・・) べたあまが好きなハムテルも、わたしも、顔をみあわせてにんまり。 今も、ことあるごとに パリのケーキをもう1回といっている人がいる。ミッション1はやっぱり成功したといえるようだ。 エルメなどは、まだ味の違いがわからない人には「もったいない」から、また次回とする。
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Vieux Colombier通りから 右前はミキハウス。 |