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カンタベリー大司教様
ラングドック・ルシヨンの紀行   4
            
25 Sep.2008

 

(2007年9月  カンタベリー大司教 様)

1 成田〜香港〜   キャセイ 機中泊
2 〜パリ着
エッフェル塔、ノートル・ダム、シャンゼリゼ
パリ泊
Hotel Campanile Tour Eiffel
3 パリ・リヨン駅〜ペルピニャン〜プラド ラングドック・ルシヨン地方 プラド泊 Maison de Prades
4 サン・マルタン・デュ・カニグー、セラボヌ修道院 
5 サン・ミッシェル・ド・クシャ修道院 ナルボンヌ泊
Will's Hotel
6 カルカッソンヌ
7 ベジエ、ミディ運河
8 ナルボンヌ、デュイヤック デュイヤック泊
9 ペイルペルテューズ、キュキュニャン
10 〜ペルピニャン ペルピニャン泊
11 サンタンドレ、サン・ジェニス、エルヌ
12 アルル・シュル・テク、ル・ブールー、フノヤール、カベスタニー
13 〜パリ
オルセー、サン・ジェルマン
パリ泊
14 ルーヴル、コンシェルジュリ、オランジュリー、ポンピドゥー
15 モンパルナス墓地、モンパルナスタワー、モンマルトル、サンジェルマン
16 パリ〜香港〜  キャセイ 機中泊
17 〜成田着  
  

 
 
 
9日目(水) ペイルペルテューズ
朝8時に食堂にいくと朝食が用意してあり、オレンジ・ジュースとコーヒー、紅茶、バゲットの他にシリアル、スポンジケーキ、ヨーグルトがある。

蜂蜜と手作りのジャムが2種類あり、一つはアンズ、一つはメロンのジャムだった。この辺でとれるメロンで生では硬すぎて食べられないからジャムにするのだという。

マリクリスティーヌに昨日はレストランが開いてなかったというと、あら、あそこはせいぜい開くのは 19時半よ。もう少し待っていればよかったのに、という返事だった。

それなら、今日また行ってみます、と言った。

 
キュキュニャンとかペイルペルテューズって、日本人には音がおもしろい名前です、というと、フランス人にとっても「キュキュ」はおかしい感じがするらしい。
 
 

9:20 ペイルペルテューズ城 Peyrepertuse をめざしてデュイヤック Duilhac を出発。

最初は教えてもらった林の小道を行くがまもなく車道にでる。
蛇行する車道をひたすら上って、10:30分にペイルペルテューズの切符売り場に着く。5ユーロ(と思う)。

ここで日本語のない各国語のオーディオガイドにお金を払い、クレジットカードを保証に置いたが、実際は必要なかった。大変聞きづらくて中身が薄いし、各部分の説明はもらった紙のパンフレットを読めば書いてあるからだ。

ここはまだ山の東側なので、尾根を越えて入口のある反対側の西面に行くのにさらに20分かかる。

城の入口についたのは、10:50。城内にあまり人はいなくて、広い敷地にせいぜい20人くらいだっただろうか。その後増えてきたが。北側の古い方の城を見たあと、カタリ派がルイ9世に城を明け渡した後、ルイ9世がスペイン人に対する城塞として建てた南側の城に上る。

北の城内は石の壁で周囲をぐるりと囲まれているので全然怖くないが、南側の城に至るルイ9世の階段は、見晴らしがよすぎてかなり怖い。

晴れた日の上りはまだいいが、悪天候の下りでは、大理石がつるつる滑るので注意が必要である。

城の一番上の礼拝室跡から見る眺めは最高に素晴らしかった。
北側の城の全貌とそれが立つ険しい尾根が、周囲の山や谷と共に一望される。
 
 

キュキュニャン
11:50城を出発し、12:00切符売り場にもどる。眼下にデュイヤックがみえる。切符売り場には飲み物の自動販売機とトイレあり。

13:00にデュイヤックの宿にもどる。

13:30頃 マリクリスティーヌに頼んでキュキュニャンに車で連れて行ってもらう。

キュキュニャン周辺はブドウ畑で、すでにブドウはたわわに実っている。来週はブドウの収穫だと教えてくれた。

マリクリスティーヌお勧めのレストラン Table de Cure は、行ってみると休みで閉まっていたので、メインの通りをさらに歩いて、サンドイッチ屋をみつけて入り(キュキュニャンにはもう一軒、サンドイッチ屋の向いに高級レストランがあり、見晴らしのよいテラスで食事ができる)、サラダとパンを食べる。

路上の席は観光客であふれ、ワインを飲みながらゆっくり食事していた。

見たところ、皆車でワイン・カーブめぐりをしているらしい。
 

Queribus ケリビュス
 
その後、大通りを東方向に通り抜けて、ナルボンヌの書店で買ったIGNの2万5千分の1のハイキング用の地図(carte de randonnee: 2447OT/ TUCHAN、massif des Corbieres)を頼りにケリビュス城をめざす。

直線距離にすると2kmほどだが、道はかなり迂回していて3kmはあるし、高低差もある。

誤算だったのは、かなり暑くて直射日光が厳しかったこと。9月中旬でフランスは冷夏だったが、ペルピニャンからピレネーにかけては日中30度を超える日が多かった。

暑くても日陰さえあれば歩くのも苦ではないが、山の際までブドウ畑が占めているこのあたりは、木陰はほとんどない。これはブドウに万遍無く陽光をあてるためと、もともと高い樹木が育ちにくい土地であるからだろうか。

午前中のペイルペルテューズに登ったときも、木陰のないのがつらかった。

午後の日射はさらに強く、私自身はまだまだ歩くつもりで道も把握していたが、本来ケリビュスの城に興味のない連れがもうこれ以上歩きたくないと根を上げたため、40分歩いて行程の半分弱のところで断念し、キュキュニャンに引き返すことにした。
 
 

キュキュニャンにもどって
 
本屋兼土産屋と、地元の工芸品の店(ニンニクすりの付いたオリーブの絵の皿を買った)をのぞき、観光案内所も行った。

キュキュニャンには、村の生協がやっているカーヴと個人経営のカーヴがある。どう違うんですか、と聞くと、生協の方には全種類あり、個人経営の方には一種類しかない、ということだった。

私は普段からアルコールは駄目で、旅行中の食事でもミネラルウォーターしか注文せず、知識もない。そもそもカーヴがどういうものか知らず、ワインが買えるだけでなくて、お金を払って色んなワインをグラス単位で飲ませてもらえるような勝手なイメージがあった。

ちょうど時間があったし、本来なら車でしか行けないようなカーヴが目の前にあるので、同様にワインに全く興味のない連れを誘って生協のカーヴに入った。

しかし、暗い狭いホールと小さなカウンターがあるだけで、私たちが行くと、奥から愛想のない若い女性が出てきた。

何だか思っていたのと様子が違うなー、と居心地悪い思いをしつつ並んでいた4本の瓶のうち、一番安い1本を味見させてもらって、何も買わないの?と不思議そうに見る女性に礼を言ってそそくさと出てきてしまった。

あとから考えたら体裁のために、飲まなくても1本買えばよかったかも。
 
 

デュイヤックへ戻る
17時頃キュキュニャンを出て、3kmほど歩いて18時頃デュイヤックに帰るつもりだったが、やはり夕暮れの日差しも結構強く、車の道を避けて歩いたが、最後の方で道があやしくなった。

えい、こっちだろう、と適当に行ったら、道に迷ってデュイヤックのとなりの山にのぼりかけてしまい、ようやく19時過ぎに宿に辿り着いた。

この調子では、ケリビュス登山を強行していたら今頃どうなってたかなと思った。
 
 

19時半をすぎてから、昨日閉まっていたレストランAuberge de Batteuseに行くと、中に明かりが点いていて、まだ誰もいなかったが入ることができた。

連れはアントルコト、私はこの地方の名物という肉団子のシチューBoles de Picoulat (Picolatとも言うらしい) を頼んだ。

後から、観光客らしい客が三々五々やってきて、レストランは割とはやっている様子。Batteuseの名の通り、古い脱穀機が内部に置いてあり、壁には鍬がかけてある。

私の後ろに座った3組の夫婦のうち少なくとも3人は、メインディッシュに 「ぼくはピコラ」 「私もピコラ」 「じゃあ、私もピコラ」と頼んでいるのが聞こえた。

右側に肉団子とソーセージとセップ茸をドゥミグラスソースで煮たシチュー、左側に白インゲン豆の煮込みがあり、中央のお皿で適当に自分でよそって食べる形式だった。

味が濃すぎずとてもおいしかった。

食事後、会計を終えて入口のドアに向かおうとすると、給仕が「庭の方を通って行った方が近いですよ、庭を出て、左です。」と言った。

私たちがどこに泊ってるか知ってるんじゃないの・・。
 

たぶんマリクリスティーヌが、「泊り客の日本人が昨日19時に行って開いてなかったって文句言ってたわよ、今夜も行くっていってたからよろしくね!」とでも言ったのだろう。
 

そういえば、昨日デュイヤックをあちこち歩き回っているときに、ここの人らしい三輪車に乗る子供と奥さんを何回か見かけた。

逆に向こうでは、うろうろする外国人2人組に気づいていたにちがいない。

デュイヤックは120人ほどの集落なので、不用意に歩きまわっていたら、いつのまにかチェックされてしまうのかもしれない。

この後は、知らない女性に道で会ってボンソワールといわれた時もボンソワールをいっそう丁寧に返すようになった。
 

10日目(木)ペルピニャンに移動
翌朝、荷物を整えて朝食後、小さな郵便局に切手を買いに行って村を一周して戻ってくると、宿の前にタクシーが来ていた。6人くらい乗れそうなバンだった。

少々荒っぽい女性運転手で無事にモーリに着いたが、料金はメーターを指さして「42ユーロ、40でいいわ。」といわれた。行きの2倍の料金でびっくりした。

タクシーを降りてから考えると、料金2倍は大型車だからか、あるいはモーリとの往復分をとられたかどちらかだったのだろう。

でも12kmで40ユーロはちょっとひどいなあ。何で高いのか、聞くだけ聞けばよかった。

やっぱり、行きに使ったタクシー会社に自分で頼めばよかったかもしれない。
 
 

また、あまり考えずに10時半に頼んでしまったが、モーリからペルピニャンに帰るバスが13:20にしかないので、それまでモーリのカフェで、ぐだぐだするはめになった。

ペルピニャンの駅からまっすぐ伸びるシャルル・ド・ゴール通りの真ん中ほどで、道を入ったところのAvenir Hotelを予約した(ダブル1泊 35ユーロ)。

4階の部屋でシャワーだが、小さいバルコニーがあり、そこに荷物台を出してかわかなかった洗濯物を干して、ペルピニャンの町の中心に歩いていった。

ベジタリアン・レストランに入ってみたが、野菜のごった煮はおいしくなかった。

宿に帰ってテレビがないので、連れはパリのガイドブックを見ている。
 

11日目(金)サンタンドレ、サン・ジェニス、エルヌ 
鉄道の便が9:36にしかないので、ホテルで4.5ユーロの朝食をゆっくりとる。

9:36に鉄道でペルピニャンからアルジュレ・シュル・メールへ。

9:53にアルジュレに着いて、タクシーを呼んでサンタンドレ・ラ・ソレドに(12ユーロ)。

サンタンドレの教会堂を見てから、パン屋のある広場の公衆電話でタクシーを呼び、ここからサン・ジェニス・デ・フォンテーヌに(6.5ユーロ)。

11:30頃サン・ジェニスに着き、教会堂と回廊に12:00までいてから、その後外側の彫刻をみる。

お昼は近くのレストランでカラマリス(イカのフライ)とアンドゥイエットを食べる。

13:15のバスでエルヌに移動。

エルヌの回廊は開いていたが、なぜか大聖堂には入れず。

少し歩いてエルヌのSNCFの鉄道駅にいき、16:19発の電車で16:31にペルピニャン着。

宿で一休みしてから、近くのfnacで遊ぶ。

日本のマンガコーナーの充実ぶりに驚く。

連れがクスクスが食べたいというので、ガイドブックでクスクスがおいしいとかいてあったCigaleという店に行くが、いざ注文しようとするとクスクスは今日はないという。

仕方ないので、専門のブロシェットを頼む。

とてもおいしかったが、アルコールも飲まない我々がほとんど肉だけを大量に食べるのはあまりうれしくなかった。

宿に帰ると、タオルが1人分しかおいてなかった。

昨日も1人分しかなくて、私が1階に取りにいったのだが、また行くのは面倒くさい。

連れに「あんた、タオルもらってきてくれない? 昨日はママが行ったんだから今日はあんたが行ってきてよ。」というと、

「ええー?私が行くの?何て言えばいいかわかんないよー。下のおねーさん、コワイしー。タオル、二人で使えばいいじゃん。」

「私はやなんだけど。行ってきてよー。昔、お姉ちゃんと旅行したときは、リエージュのホテルで石鹸とタオルをちゃんともらってきてくれたよ。あんたなんか大学でフランス語やってるじゃん。セルヴィエット、シルヴプレで通じるよ。」

連れはしばらくぐずぐずしていたが、やがて意を決して下に降りて行った。

すぐににこにこタオルをもって戻ってきた。

「ちょうど、タオルをたたんでいるとこだったんだよ。小さいのもっていったら、ちゃんと小さいのもくれた!」

 
 

 

 


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