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カンタベリー大司教様
ラングドック・ルシヨンの紀行   3
            
5 Aug.2008

 

(2007年9月  カンタベリー大司教 様)

1 成田〜香港〜   キャセイ 機中泊
2 〜パリ着
エッフェル塔、ノートル・ダム、シャンゼリゼ
パリ泊
Hotel Campanile Tour Eiffel
3 パリ・リヨン駅〜ペルピニャン〜プラド ラングドック・ルシヨン地方 プラド泊 Maison de Prades
4 サン・マルタン・デュ・カニグー、セラボヌ修道院 
5 サン・ミッシェル・ド・クシャ修道院 ナルボンヌ泊
Will's Hotel
6 カルカッソンヌ
7 ベジエ、ミディ運河
8 ナルボンヌ、デュイヤック デュイヤック泊
9 ペイルペルテューズ、キュキュニャン
10 〜ペルピニャン ペルピニャン泊
11 サンタンドレ、サン・ジェニス、エルヌ
12 アルル・シュル・テク、ル・ブールー、フノヤール、カベスタニー
13 〜パリ
オルセー、サン・ジェルマン
パリ泊
14 ルーヴル、コンシェルジュリ、オランジュリー、ポンピドゥー
15 モンパルナス墓地、モンパルナスタワー、モンマルトル、サンジェルマン
16 パリ〜香港〜  キャセイ 機中泊
17 〜成田着  
  

 
 
 
 
 
7日目(月)ベジエ、ミディ運河
ベジエ  Beziers の近くでミディ運河沿いを散歩する。

12:18 ベジエのバス発着場発。

12:40 ポワリェ着。

16:35 コロンビエ発。

17:05 ベジエのSNCF駅の近くに着。

今回の旅行ではミディ運河をどこかでゆっくり歩きたいと思っていた。

インターネットでカルカッソンヌやベジエから、2〜3時間の短いクルーズがないか探したが、なかなかちょうどいい長さのものがないし、あっても日程があわない。

それで、ベジエからバスで適当なところまで行って5kmほど歩くことにした。

ベジエは、ルイ14世の時代にミディ運河を作ったピエール・ポール・リケーの生地でもある。

5kmでも単調で飽きるのではないかと思ったが、運河は思ったより蛇行しているし、いろんな船が通って手を振ってくれたりした。

また、直射日光がさえぎられるので、日中30度ほど上がった日でも快適に歩いた。

自転車は時々通るが、コロンビエの近く以外では、他の歩行者には会わなかった。
 
 

ベジエに移動
朝、宿泊地のナルボンヌから、鉄道でベジエに移動。

午前中、ベジエ大聖堂などを見て、サンドイッチを買ってバスターミナルへ。

バス発着場は、ベジエの中心を南北に走るポール・リケー通り(Allees Paul Riquet)の北端のヴィクトワール広場 (Place de la Victoire ゥら北東方向にのびるジョルジュ・クレマンソー大通り(Avenue Georges Clemenceau)に入って、100mくらい歩いたところの右側にある。

ベジエの中心街でハンバーガーとキッシュの昼食(ハンバーガーにはセットだからと、手のひらくらいのサブレがついてきた)を買い、12:18発のCruzy行きにのる。

停車中のバスが多く、どれがめざすバスかわからず、インターネットで入手した時刻表に基づいて、「202番線のバスはどこですか?」と停車中のバスの運転手に聞いて回っていたが、202ではピンと来ないらしく、たいてい「どこに行くんだ?」と聞き返された。

何番線かよりも行先を叫んだ方がいいらしいので、
「○×△、vous allez?」と聞いている人がいたのでまねをした。

行先を言うと、運転手がめあてのバスを指さして教えてくれた。

めあてのバスに「Poilhes行きますよね?」と確かめて乗った途端、バスが動き出した。
 

ポワリェ
 
ポワリェ Poilhes に12:40着。バス停はミディ運河沿いにあった。

方向に自信がなかったので、そこにいた女性にColombiersの方角を聞いてから歩き始めた。

すでに商業用運河としての機能を停止しているため、途中、大小の休暇用の船や自転車に出会うが、周囲は静けさそのもの。

延々とプラタナスの大樹が並び、周囲の野や畑、直射日光から隔絶して閉じた世界を作っている。

路上駐車で歩きにくく、埃っぽく犬の糞だらけの石畳の町とは別世界で、まさに命の洗濯といえるような貴重な時間を連れとともに楽しむことができた。

運河をColombiers方向(Beziers方向)に向かって右側を歩き(ここは右側しか道がない)、途中で水辺に座って20分ほど昼食をとる。

14:15にTunnel de Malpasという、運河にかかるトンネルにくる。

ここで、左岸に渡ってしばらく歩くと、Oppidum d'Enseruneという、紀元前6世紀から人が住んでいた小丘がある。
 

モンダディの池
Oppidum d'Enseruneは、発掘品を展示した博物館もあり、ミシュランのグリーンガイドでも二つ星がついているのだが、運河をはずれて日差しをさえぎるものもない灼熱の道を1kmほど登って頂上につくと、何と博物館は閉まっていた。

他にも車で来ている人は多数いて、私が聞いた人たちは、今日は月曜だからしまっているのかもしれない、でもガイドブックには書いてなかった!と怒っていた。

私たちも日陰で座ることとトイレを期待していたのでがっかりしたが、Oppidumに上る途中で、広大なモンダディの池 l'Etang de Montady をみることはできた。

これは、ガイドブックによると、衛生上問題があった400ヘクタールほどの沼地を、13世紀に干拓したもの。全体はすり鉢状で、放射状に延びる溝によって水を中央に集め、中央から1.3qほどの地下水路で排水したという。

15:15に、ミディ運河にもどり、30分ほど歩いて、15:45にColombiers到着。
 
 

 
港沿いのカフェでアイスクリームとバドワでゆっくりする。

16:35にベジエ行きのバスに乗り(ベジエ行きだが、ニサン・レ・ザンスリューヌ Nissan-lez-Enserune に寄っていくので、ベジエと反対方向のバス停に止まり、学校帰りの中学生(高校生)?でいっぱいだった。

連れは珍しそうに顔をジロジロみられたという)、15時過ぎにベジエのSNCF駅の近くに到着。

17:12発の汽車でベジエから宿泊先のナルボンヌに帰る。
 
 

SNCF駅に正確に止まらなかったことについて(私の仏語力不足でよくわからなかったので以下の話は推量も含む)。

バスの時刻表には、gare routiereに行く前にSNCF駅に止まることになっているが、それには但し書きがあり、「SNCF駅には、乗客の要望がある場合に止まる」となっていた。しかるに、私が運転手(女性)に、SNCF駅で降ろしてください、と頼むのが遅かったのでバスはすでにバス発着場に向かう道に入っていたらしい。

それで、運転手はバス発着場に行く途中のSNCF駅に近いところで降ろしたらいいか聞いた。私たちを下した後で、あっちが駅よ、と手で示してくれ、「Allez、allez!」と車道を横断するまで待っててくれた。
 
 

 
8日目(火) ナルボンヌ観光、デュイヤックに移動
ナルボンヌの観光案内所で、やる気のなさそうな若い女性から、連れのために地図をもらった後、二人で運河沿いの大きな建物の常設マルシェに行った。

チーズ、野菜、オリーブ、ワイン等の専門店や総菜屋、菓子屋などの店をみてまわった後、自由行動で解散。

博物館もドンジョンも、多分私がこの日最初の客だった。

歴史もあるし宮殿も大聖堂も立派なのに、カルカッソンヌに比べると、ナルボンヌは観光都市としては全然地味である。

昼に連れと落ち合って、マルシェの中華惣菜を運河沿いのベンチで食べる。

モノプリの隣の大きな本屋をのぞいたり、ぶらぶらしてクレープを食べたりしてから、ホテルに預けた荷物を回収して駅へ。

 

 
ペルピニャン
 
ペルピニャンに着いてから、歩いてバス発着所に移動する。

今回、カタリ派の城として観光地的に最も有名なペイルペルテューズを登るため、ふもとの村のデュイヤック・ス・ペイルペルテューズ Duilhac-sous-Peyrepertuse の民宿を2晩予約した。

2晩にしたのは、インターネットのページにデュイヤック村の子供がペルピニャンに通うための通学バスが利用できると書いてあったため、夕方のバスでデュイヤックに入り、翌日ペイルペルテューズに上り、その翌朝子供たちとともにペルピニャンへもどる、という計画を立てたためだった。

しかし、日本からメールで通学バスの連絡先に問い合わせても返事が来ず、フランスに入ってから電話しても出なかった(あとでデュイヤックに行ってから民宿の人に聞いてもらって、現在は運行していないことがわかった)。

そこで、ペルピニャンからモーリまでバスに乗り、そこからタクシーで行くことに計画変更した。
 
 

ペルピニャンのバス発着場は少々わかりにくい。

鉄道のペルピニャン駅から20分くらい歩かなければならないし、案内所とバス乗り場が離れ、スクールバスなどマイナーなバスの発着所もあって乗り場の数が多く、番線は地面に書いてあるだけである。

行先によってはかなり小型のバスになっていたりして、発着所でなら間違いなく乗れるが、これを途中の停留所で待っていたら、それがバスであると認識できずにやり過ごしてしまいそうである。

案内所の男性は愛想はないが、行先を告げるとさっと該当するバス路線の時刻表をくれる。デュイヤックはバス駅はないが、一番近いバス駅としてモーリを教えてくれ、15番線だと時刻表に書いてくれた。

 
ペルピニャン発
16:10 ペルピニャン発。

16:50 モーリ Maury 着。モーリの郵便局の前で降ろされた。

郵便局の脇に具合よく電話ボックスがあったので、タクシー会社に電話をかける。

しかし、日本で調べていったこの周辺のタクシー会社Ballade Cathareは、ペルピニャンを出る前に一度かけた時と同じ留守番電話のままだった。

「今、車は全部出払っています。都合がつき次第参りますので、そちらの電話番号とメッセージを残してください。」というようなメッセージが流れた。こちらは携帯などもっていないので、仕方なく、「モーリに来てもらえませんか? デュイヤックまで行きたいんです。また後で電話します。」とメッセージを残して切る。

このとき、郵便局の壁に貼ってあるモーリの町の案内図の隅に、この町のタクシーの電話番号があるのに気が付き、そちらにかけてみることにした。

すると、応対の人が出て、モーリからデュイヤックに行きたいと告げると、「ちょっと見てみるから待ってて。そちらの電話番号を教えてください、折り返し電話します」という。

「私、携帯もっていないんです。旅行者です。」と返事をすると、「今、どこから電話してるんですか?」という。

「電話ボックスです。モーリの郵便局の前の。」

「それなら、電話ボックスの電話番号あるでしょ、それを言ってください。」

「電話ボックスの電話番号? どこにあるんですか?」

「電話の上の方にあるでしょ。」

「ん? あー、わかりました、えーと、04〜〜〜〜〜」

「はい、じゃあすぐかけ直しますから、待っててくださいよ。」

待つこと数分、私ちゃんと間違えずに電話番号の数字読めたかな、と不安になっていると、果たして電話がかかってきて、「今すぐ行きます。郵便局の前ですね。二人ですね」という返事だった。

その後、さっき留守電を入れたタクシー会社に断りのメッセージを入れて電話ボックスを出る。

待っていた連れがしびれをきらして、「遅い。何で電話するだけでこんなに時間がかかるの?」と文句をいう。
 
 

デュイヤックへ
 
まもなくタクシーが来る。

モーリの町をでると、前方に山が広がり、山の尾根のてっぺんに小さな城がみえる。

「あんな高いところに何か立ってるよ。」と連れがいう。

それがケリビュスの城だった。
 
 

ケリビュスの立つ山のふもとの峠道を越えると、別の山の中腹に小さな風車のある集落が見えてくる。

「あれがキュキュニャンですか?」と聞くと、寡黙な運転手は、「そうです、あれがキュキュニャンです。」と答える。

15分ほどでデュイヤックの「中心広場」に着く。道で合った人に聞いて、マリクリスティーヌ・シガラの民宿を探し当てる。

日本から電話で予約したとき、「デュイヤックに着いてからどこにあるかわかるでしょうか?」と聞くと、「マリクリスティーヌの家って言えばだれでも知ってるわ、デュイヤックはすごく狭いのよ。」という返事だった。

民宿は村のはずれの新しい造りの家で、一階に泊り客用として二人部屋2と食堂があり、二階にマリクリスティーヌとご主人が住んでいる。

こちらの予定を伝え、デュイヤックのレストランの場所を聞く。
 
 

大変親切な小柄な人で、明日ペイルペルテューズ城の後に余裕があればキュキュニャンやケリビュス城に行きたいというと、いつでも声をかけてくれれば行きたいところまで車で連れて行ってくれる、と言ってくれた。

また、通学バスがないことがわかると、帰りの朝のタクシーを10時半以降で予約してくれるという。なぜ10時半以降なのかよくわからなかったが、村の中央広場にあった公衆電話は見たところ使えなさそうだったので(カードや硬貨を入れる口がない)、お願いした。

夕方、ぶらぶらとデュイヤックの水場 (ここの水は遠くから汲みに来る人がいるくらいおいしいのよ、というので、翌日からは水道の水をペットボトルに入れた)などを散歩して、マリクリスティーヌが値段も手ごろでちゃんとした伝統的な料理を出すというレストラン Auberge de Batteuseに行った。

というか、まともなレストランはそこ一軒しかない。

しかし、19時から開くはずなのに、19時15分になっても開く気配がない。

仕方がないので宿に帰り、そういえば食べていなかった手持ちの食料品が結構あったので、バゲット、ビスケット、マルシェで買ったオリーブ、すもも、干しイチジク、ジュースなどを片づけて夕食とする。

連れの期待に反してテレビはなし、浴槽なしのシャワーだけで、バスルームは広いが、シャワーのお湯があまり熱くならないのが不満だった。

ツイン朝食込一泊48ユーロ。
 

 
 
 


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