| 4日目(金)サン・マルタン・デュ・カニグー、セラボヌ修道院 |
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7:20に朝食。庭でとれたイチジクがおいしい。
近くのバス発着場から、8:15に出発して、Vernet-les-Bainsで降りる。
朝は寒くて二人とも降りてからショールやウィンドブレーカーを出して着た。
20分歩いてCasteil、さらに50分歩いてサン・マルタン・デュ・カニグー修道院に到着。
11時のガイドツアーを予約して、「7分で上れる」という、修道院を見下ろせるスポットに上って絶景の写真をとる。
天気がよく風もおだやか。
よくしゃべる修道女についてツアー見学をするが、「写真を撮るのは、私の説明が終わったあとにしてくださいね。時間をとりますから。」といいながら、ちょっぴりしか時間がなかった。
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| 帰る |
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その後、プラドに帰るのに、13:20のバスに乗るべく急いで歩いて Vernet-les-Bainsまでもどるが、なぜか停留所の時刻表は、13:15になっていて、もう行ってしまったらしい。
停留所でのんびりしていた湯治客の女性が、「あら、バス逃しちゃったのね。次のバスは14時○×分よ。」という。
この辺でどこかおいしいレストランありませんか、ときくと、湯治場(Les
Thermes)に併設しているレストランを教えてくれ、「あそこは値段も味もまあまあだと私は思うのよ。」といった。
電話を探して、タクシーを14時半に呼んでおいてから、そのレストランに入る。
今日のお勧めは、ドラドかルー、ムール貝もあるよ、ということで、連れに「鯛とルーがあるってさ。」と説明する。
「ルーって何?」「ルーってさっぱりした普通の魚だよ、何だっけスズキじゃない?・・」と話していると、給仕が、「ちょっと待て、見せてやる」といって引っ込むと、しばらくして大皿に調理前の鯛とスズキをもってきて見せてくれた。
それで、私はムール貝、連れはルーを食べた。
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| セラボヌ修道院 |
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14時半に、湯治場の前に呼んだタクシーで、直接セラボヌ修道院に行くことにする。
途中、ブールテルネールまでは、平らなところを通っていくので快適だったが、辺鄙なセラボヌにいく山道(舗装道路だが道幅が狭く、うねうねとカーブを描いて断崖上を走るのにガードレールが無い)は延延と長く、対向車に出会うのが怖かった。
車を降りたときは二人とも吐きそうで、60ユーロという料金にもびっくり。18時にまた迎えにきてもらうように頼む。
セラボヌは、小さな教会堂の中に大理石で作ったトリビューンがあって、きれいな彫刻がみられる。
彫刻をみながらのんびりして、ようやく気分が落ち着いた頃、またお迎えが来て、憂鬱なドライブでプラドに帰った。帰りは42ユーロ。惣菜屋やスーパーで食料を買って、夕食。
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| 5日目(土) |
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朝、宿の主人が庭を案内してくれた。
彼女は英国人で6年前にここを買って宿を始めたそうである。
庭はけっこう広く、灌漑設備がついていたが、今年の夏は雨が多くて必要なかったという。
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| 観光案内所 |
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宿泊地のプラドからサン・ミッシェル(ミゲル)・ド・クシャ(キュクサ)修道院 Abbaye
de Saint Michel de Cuxa には、歩いて行けそうな距離なので、二日前にプラドの観光案内所で聞いてあった。
観光案内所は町の東西を走る大通りAvenue du General
de Gaulleと、教会に面した広場 Place de la Republique をつなぐ細い通りRue
des Marchandsにある。
観光案内所では、クシャの他、サン・マルタン・デュ・カニグーやセラボヌ修道院への行き方なども聞いたが、私のこれまでの旅行経験の中で、最も有能な案内者に出会った。
観光案内所に座っているからといって、親切だったり、何でも知っているとは限らない。こちらの質問に「そんなことは知りません」と素気なく言い、調べようともしない無能な人は多い。
しかし、プラドで出会った観光案内所の女性は大変エネルギッシュで、私がしたいくつもの質問にほとんどすべて即答し、英語も堪能で、非常に親切ながら押しつけがましいところはまったくなかった。
こんな人がどこの観光局にもいたら、旅はもっと快適になるのだが。
クシャへの道を尋ねると、「確かにサン・ミッシェル・ド・クシャ修道院には、プラドから2kmほどしかないのでAvenue
de l’Abbat Oliba (町の西南から伸びているオリバ修道院長の道) をまっすぐ行けば簡単に行けるが、車の道を行ってもつまらないので、運河沿いの散歩道で行ったらどうか」と提案した。
行き方の資料をコピーしてくれたので、お勧めにしたがうことにした
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| サン・ミッシェル・ド・クシャ修道院 への道のり |
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朝、宿を出て、プラドの住宅街のサッカー場 Stade
de Minicipal C.Padrixe を左手に見つつ、Cami de las Fourquesという道で南下する。道は急勾配の上りで歩くのが結構しんどい。
その後地図を頼りにChemin de Nougarolという道に出る。
野兎を二匹発見。この道は左右に郊外住宅がずっと並んでいる。道を登りきったところで運河にぶつかる。
この運河 Canal de Bohereは、山がちなピレネー・オリアンタル県に縦横に走っているたくさんの灌漑用水路の中でも古いもので、Serdinyaから発してPrades周辺を潤している。運河に到達したとき、鹿がちらっとみえた。
ここで右折し、運河に沿ってひたすら歩く。山の中腹をこんな水路が走っているのは不思議な感じだが、高低差がなくて日陰なので快適に歩ける。
途中、散歩者3人と別々にジョギングしている男女1人ずつに出会う。
プラドの町から1時間ほど歩いた頃、木々の間から、サン・ミッシェル修道院が下方におもちゃのように見えてくる。
さらに少し歩くと、サイフォン(Siphon 吸い上げ管)から水が噴出している場所にぶつかる。
ここから山を下って修道院に出るのだが、山を下る階段などはなく、かなり急な斜面になっていて、少々苦労した。
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| 修道院へ |
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修道院を拝観する。回廊では貴重なロマネスクの彫刻をたくさん見ることができた。
サン・マルタン・デュ・カニグーの彫刻とよく似ているが、ガイドツアーのみのカニグーと違ってゆっくり見てまわれるのがいい。
11時50分に昼休みの鐘が鳴った後、少しぐずぐずして入口にもどると、若い女性がぷりぷりして待っていた。一瞬ガイドブックを見ようとした私は一喝され、いったん閉めた入口扉の鍵を開けて追い出されてしまった。
帰りはもと来た経路を歩き、迷わなかったのと下りのせいで40分でプラドに帰ることができた。
プラドからペルピニャンにはバスで行き、ペルピニャンからナルボンヌは鉄道で行った。
修道院は、11:50から昼休みに入るので、午前中行くなら早めにでるといい。すぐ近くには飲食店はない。
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| ナルボンヌ |
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ヤフー・マップでみつけて駅から歩いて近いことからメールで予約したWill's
Hotel(ツイン一泊 54ユーロ)に泊まる。
レセプションのスタッフは、アフロヘアでTシャツのラフな格好で、ロビーのテレビで日本がぼろ負けのワールド・カップのラグビーの試合を見ていた。
部屋代は3日分前払い。部屋には浴槽があったが、テレビが小さくて高いところにある。
観光案内所でプラドの地図と行き方の紙をもらうと安心。Chemin
de Nougarolという道さえみつかれば、あとは楽勝。 あちこちにCanal de Bohereの方向を示す標識もあり、住宅街を通るので、道を聞く人には出会えると思う。
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| 6日目(日)カルカッソンヌ |
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カルカッソンヌは有名な世界遺産で、狭い城壁内は真夏は「観光客地獄」とガイドブックに書いてあったので、私自身はあまり乗り気がしなかったが、今回は連れへのサービスとして、また、日曜日でも安心の観光プランとして計画した。
カルカッソンヌの鉄道駅から城壁で囲まれたシテまでは、思ったほど遠くなく、地図を片手に簡単に歩いて行けた。
シテの中は、テーマパークのように土産物屋とレストラン、カフェがひしめいていて、午後になって人通りが増えてくると、狭い道をさっさと歩くのが困難になってきたが、それなりに楽しかった。
ナルボンヌ門近くのサロン・ド・テ・、コーヒー・ショップ、大聖堂近くのワイン・バー、城の近くのカスレー専門店なんかよさそうだった。
15:11の電車で、ナルボンヌに帰る。ナルボンヌの運河沿いは、日曜の夜でもたくさんのカフェや軽食堂が並んでいた。
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